最近、50代の男性患者が腹筋のこわばり、右下肢の動きが鈍い、筋肉の引きつりなどの症状で当鍼灸院に訪れました。
詳しく聞いてみたら、20年前に過労の末、多発性硬化症に罹り、今でも治療し続けており、5年前に下腹部の筋肉のこわばりが現れ、2年前から更に右足の筋緊張、膝周りの拘縮、下腿筋肉の痙攣、歩行しづらいなどの症状が現れました。
担当医がこれらの症状はすべて多発性硬化症の関連症状だと考えられているそうです。
多発性硬化症(たはつせいこうかしょう)とは中枢性脱髄疾患の一つで、神経のミエリン鞘が破壊され脳、脊髄、視神経などに病変が起こり、多様な神経症状が再発と寛解を繰り返す疾患で、日本では特定疾患に認定されている指定難病であり、完治はできない病気だと考えられています。
神経系の難病である多発性硬化症の鍼灸治療は、私にとって初めての症例です。
どこまで効果が得られるか、まったく検討はできません。かつ、この患者さんは当院に来られる前にすでに他の鍼灸院で治療を受けていましたが、効果は得られなかったそうです。
幸い、患者さんは自分の病状に対して十分に理解しており、治ることを考えておらず、ただ症状の緩和や進行の緩和を少し助けることが出来れば良いと言われました。それならば、挑戦してみるしかないと私は思いました。
漢方医学の理論からでは、肉の病気は脾に関与し、筋の病気は肝に関与します。
この患者さんは神経系の病気ですか、症状は筋と肉に現れているから、肝と脾に問題があると考えられます。
さらに筋肉の拘縮は湿の邪気によるものが多く、慢性的な筋肉の痙攣は血虚によるものが多い。
湿は脾の運化によって代謝され、血は肝に蓄えるから、症状の表現からでも、脾と肝の関連が強いと考えられます。
また、患者さんの舌体はやや大きく、苔は白膩(はきぎ)、脈は緩、顔色は黄などの症候から、脾の機能が弱く、湿の停滞があると見られます。
総合的に見れば、この患者さんは「肝脾不足、血虚湿滞」という体質だと考えられます。
この判断に基づいて、肝脾の機能を改善し、血を補い、湿の代謝を促すために、厥陰経と少陽経、太陰経と陽明経のツボを取って治療し始めました。
一回目治療した後、腹部のこわばりの範囲が縮小し、下肢の痙攣が軽減し、歩行しやすくなりました。
さらに2回治療した後、久しぶりにゴルフを楽しくできました。筋肉の痙攣やこわばりがまたありますが、いずれも軽減する傾向が見られました。
この神経系の難病に初めて挑戦する私は、早く効果が見られたことに患者さんよりも喜んでいるかもしれません。今、また治療を継続しており、今後の進行状況に予測しにくいですが、医療関係者として、少し患者さんに希望を与えることが出来れば、努力し続けて行きたいと存じます。
ヘイセイ鍼灸治療院 甄立学