Cさん:(診察室に入ると,Wの顔を見て立ち止まり丁寧にお辞儀)
W:(その姿を見て,キーボードにおいた手を離して,正面をむいてお辞儀)
Cさん:(杖をついてゆっくり慎重に歩いて)お世話になります.この丸い椅子に座らせていただいてよろしいでしょうか.
W:はいどうぞ.ご丁寧にありがとうございます.
Cさん:Cと申します.
W:Cさん,この病院は初めていらっしゃいましたか?
Cさん:はい,そのように存じ上げます.
W:(名札を見せながら)それでは私も自己紹介です.
Cさん:Wですか.珍しいお名前ですね.
W:悪い事はできません.
Cさん:いえいえ,先生はそのような方ではありません.ボケたとはいえそれぐらいはわかります.
W:それわそれは.お眼鏡にかなうよう頑張ります.ところで今日はどうしてこの病院にいらっしゃったんですか?
Cさん:実はこの二人から,ボケたボケたと言われます.
W:この二人と言いますと?
Cさん:妻と娘です.
W:ボケにも色々ありますが,どんなボケですか?
Cさん:恐らくボケたんだと思います.しょっちゅう忘れます.
W:なるほど.それはご心配です.ちなみにそれは小ボケですか,大ボケですか?
Cさん:私は小ボケだと思っておりますが,この二人はどうか...
Cさん妻:その間だと思いますよ.
W:それはそれは.だとしたらそれはいいボケですか,わるいボケですか?
Cさん:そう言われても私にはわかりません.
W:例えばニコニコボケですか,プンプンボケですか?
Cさん:どうですかなあ.
Cさん妻:心配ボケです(と合いの手).
W:あらあらそうですか
Cさん妻:自分で「ボケたボケた」と言って何もせずジーーっとしているんです.それに,急にぼーっとすることもあります.
Cさん:そんな事はございませんよ(眉間にシワが寄る)
W:それはそうと,お年にしては目も耳もいいですね.
Cさん:いえいえ,目は両方白内障の手術をしましたし,耳も遠くなってきました.テレビの音が大きいと叱られます.
W:でも,私の声は聞こえますよね.
Cさん:先生のお声は何とか耳を澄ませて聞いております.この年になるといけません.
W:この年と言われますと,お幾つでしたっけ.
Cさん:82歳です.
W:もう数ヶ月で83歳ですね.持病もなしですか?
Cさん:血圧のことと腰が悪くて歩きがいけません.
W:わかりました.それでは,簡単に診察させていただきますね.
W:体の方も,神経の方も,腰の悪さから来る症状以外,はっきりした異常はありませんね.血液検査も.びっくりするぐらいいいですねえ.栄養のバランスもバッチリです.奥様に感謝ですねえ.ごちそうさまは言われますか?
Cさん:それぐらいは言います.
W:ついでに「ありがとう」もつけますか?
Cさん妻:それはほとんどないです(と合いの手)
W:なるほど,ちなみに記憶の検査は一応合格点でした.何でもかんでも
忘れるわけではなさそうですよ.頭のMRIでは,何といわゆる「隠れ脳出血」が数カ所見つかりました.幸い手足の動きや感覚には影響のないところでしたが,この大きさだとふらつきがあったり視野が狭くなった感じがしたかもしれません.何か急な変化に気づいた事はありませんでしたか.
Cさん:ありません.
Cさん妻:ありませんよ.でも,ぼーっとするのは最近増えました.
W:その時はどんな感じですか?
Cさん妻:下を向いて何か考え込むような感じになって,左手をゴソゴソ動かすこともあります.数十秒くらいですが.
Cさん:自分ではわからんのです.
W:そうですか.
Cさん妻:その話をすると,わからんわからんばっかり言うんです.
W:娘さんはその様子を見たことがありますか?
Cさん娘:別居なので見た事はありません.母からは何度か電話がかかってきました.先生,これって認知症じゃなくて,「てんかん」じゃないんですか?
Cさん:いえいえ娘はそう言いますが,決してそんな大それた病気ではないんです.
W:ウ〜〜ム....
Cさん娘:私がそれを言うと最後には喧嘩になるんです.
W:Cさん「老いたら」,何と言いますか?
Cさん:「子に従え」ですなあ.
W:最近では「老いたら子と仲良く」って言うらしいですよ!
Cさん:なるほどなあ.
W:Cさん,今回の事は娘さんにしっかり感謝しないといけないですねえ.今日お聞きしたお話や検査所見からは,「てんかん」の一種である可能性が高いと思います.
Cさん:「てんかん」は子どもの病気で治らないと思っていました.
W:ところが歳を取るとまた増えてくるんです.Cさんのように,「隠れ脳出血」がある人にまれに起こることがあります.
Cさん:血圧には気をつけていたんですが.
W:気をつけてなかったらもっと大きな脳出血になっていたと思いますよ.なのでそれは素晴らしいことです.
Cさん:治らないんですよね.
W:「隠れ脳出血」は,残念ながらもう傷痕なので治ると言う事はありません.でも,お薬がうまく合えば「てんかん」の発作が無くなったりかなり頻度が減ったりします.
Cさん:それを聞いて少し安心しました.これからどうしたらいいですか?
W:早めに詳細な脳波検査をして,その後お薬を始めていきましょう.
Cさん:わかりました.
W:Cさん「老いたら」?
Cさん:「子と仲良く」ですね.
W:「ごちそうさま」のあとは?
Cさん:たまにはありがとうも言います(笑顔)
W:その2つを覚えているならボケてるとは言えないし,たとえボケても大丈夫です!奥さんもあまりご本人に言いすぎると「思いやり」が「重い槍」(ジェスチャー付き)になりますよ(注:Wが好きな表現).
Cさん妻:わかりました
W:それではCさん今日はお疲れ様でした.大変でしたね.今日はお昼ご飯をお二人にご馳走してあげてくださいね.
Cさん:あいにく慌てて出てきたので持ち合わせがあまりありません.
W:それではお気持ちだけでも! また,お会いしましょう.
Cさん:ありがとうございました.
W:それにしても娘さんお詳しいですねえ.
Cさん娘:あ,私,看護師をしています.
W:あっ,え〜〜と,ありゃ事前問診にも書いてありますね.私の方がボケてますね.
Cさん娘:先生のはいいボケだと思いますよ(笑)
W:ニコニコボケで行きたいと思います.
Cさん娘:ありがとうございました.
Cさんは,奥様の観察と娘さんの知識のおかげであっという間に正しい診断に至りました.
脳波では,やはりてんかんと診断できる所見がありました.幸いお薬の効果もあり,ぼんやり発作もほとんどなくなりました.
認知症疾患医療センター 医師 W