もうそろそろ梅雨入りですね。近くの公園の紫陽花は、梅雨入りをいまかいまかと待ちながら蕾をすこしずつ膨らませているところです。 梅雨前のこの時期は、まだ蒸し暑さになれていない上に時折肌寒く感じる日もあり 体調管理がたいへんですが、皆さまはお元気にされていますでしょうか?
さて私の母の話です。
高齢の母は今年満90歳を迎えます。幸い、足は丈夫で杖もなく歩くことはできていますが、段差などがあれば、ふらつく事もあります。
母に「手すりをしっかりもって、段差をよく見て、回りもみて、もし、こけたら骨折して入院し手術する事になるよ。手術になんかなったら寝たきりになって、家に帰ってこられなくなるよ・・」と余計な事まで言ってしまい、自己嫌悪に陥る毎日です。
そんなある日、母と近くのスーパーへ買い物に行きました。
買い物を済ませ、母がトイレに行きたいと言うのでトイレまで連れていき、車の中で待っていました。
その時助手席のドアが開くので、お帰りと振り向くと、見知らぬ高齢の女性が車に乗り込んで来ました。
そして、「はい、大丈夫です、行ってください。大丈夫です・・」と同じ事を繰り返し言ってます。
びっくりした私は、「あの、車を間違えていますよと声をかけたのですが、大丈夫です。行って下さいと・・
母も車に戻ってきて、あら、この方お知り合い?と私に問いかけ私が全然知らない人よ、家族が探がされていると思うので見てくるわと母と見知らぬおばあさんを2人残し、家族の方を探しに行きました。
駐車場に私と同年代の息子さんらしき人が車の中や回りを探されていたのですぐこの方の家族だと分かり声をかけました。
私:もしかしてお母さんを探されていますか?
息子さん:そうです。探しています。私が買い物を済ませ車に帰ってきたら母の姿がないのでびっくりして、警察にお願いしようかと思っていました。
私:もしその方であれば、私の車で待たれていますよ
息子;そうですか?有難うございます。本当に困ったものです。
私:いえ、大丈夫ですよ
車に帰ってみると、母とおばあさんが声をあげて大笑いしています
何の話をしているのかこっちが困って探し回って心配しているのにいい気なもんだなと思っていると、息子さんがおばあさんに
息子:おかん、いい加減にしてくれ、他人の車に乗って何をしとんな。車で待ってろって言っただろう。頼むから言うことを聞いてくれ もう、どこにも連れて行けなくなるぞと・・怒鳴なられる。
私:あの~気持ちはよく分かります。うちの母も同じですから・・白い車を見たら娘の車と思い知らない車に近寄って行きます。何で、こうなってしまったのかと思いますよね
息子:20年前に父が亡くなり母と2人で暮らしています。少し前までは家事も出来ていたのですが・・男の私では至らない事もあり母には可哀想な思いもさせていると思います。でも、つい怒鳴ってしまいます。
私:あまり頑張りすぎないでくださいね。と言いおばあさんと息子さんと別れました。
まるで、自分自身を見ているようで他人事の様には思えない体験でした。
仕事では、患者さん家族に寄り添い、声掛けをして患者さんや家族の方の気持ちになれるようにと、接していますが、いざ、自分の親や、家族だと不安や焦りもなどもあり、優しくしたいのについ声を荒げてしまう事があります。
昔の様に働き者で、厳しかった母はどこに行ってしまったのか・・・今では、同じ話を繰り返し、同じことを聞いてくる母と接しているとストレスを感じる時があります。
そんな母との付き合い方について最近読んだ本があります
著書は脳科学者の黒川伊保子さんです。
その本では、高齢な母との付き合い方は「有難う」と「ごめんない」のサンドイッチは無敵である。
そして会話は「情報交換」ではなく「情を交わすもの」と書かれています。
本の最後に、母との会話にゴールは必要ない。会話の目的は母を癒す事。
無理して、介護と仕事を両立させ完璧にこなさない。
上手に周囲の力を借る。一生懸命やりすぎない事が、介護のポイントと書かれています。
最近は母と接する時、情報や理解ではないと自分に言い聞かせて接するようにしています。
私のような高齢な親を持たれている方、是非実践してみて下さい。
認知症疾患医療センター看護師 K