神戸大学感染症内科 岩田健太郎教授が、新型コロナウイルス感染症に対峙するための有益な「私見」をブログ「楽園はこちら側」で述べておられるので、全文を掲載します。
平成南町クリニック 玉田
新型コロナウイルス感染症の入院患者対応について (2020年3月18日) 岩田健太郎
各地で新型コロナウイルス感染症の入院患者が増えてきて、いろいろな問い合わせを受けています。よくある質問についてここで私見を述べます。
まず、いちばん大事なことから。新型コロナ診療でいちばん大事なのは、「医療機関のスタッフが感染しない」ことです。ここは鉄則です。もちろん、病気にならないという倫理的、社会正義的な意味もありますが、それ以上にスタッフに感染者が出ると、周辺の「濃厚接触者」は全員健康監視対象者となり、マンパワーが激減するのです。つまり、戦略的に医療者の感染は巨大なダメージなのです。だから、院内感染対策は万全を期し、院内での感染の広がりは「戦略的に」許容してはいけません。クルーズ船の失敗を繰り返してはいけないのです。大事なのは頑張ることではありません。結果を出すことです。我々はプロなのですから。
1.ゾーニングについて
患者が一人であれば個室管理で「いわゆる」ゾーニングは不要です。が、患者が増えて「個室」が枯渇するようになると院内ゾーニングが必要になります。 ゾーニングは感染管理のプロでも実は案外やったことがない、という方も多いのではないでしょうか。先に述べたように、結核にしても麻疹にしても病院では陰圧個室管理でやるので、「ゾーン」を作る必要がないからです。 むしろ、病院の外での感染対策の知識と経験が必要になります。途上国医療やエボラなどの進行再興感染症対策、災害後の避難所の感染対策、リハビリ病院や透析施設、保育園、療養施設、在宅などの様々な感染対策のセッティングで感染対策をしていると、ゾーニングのなんたるかは体得できるでしょう。 ゾーニングに必要なのはリソースではありません。大事なのは概念理解です。そしてゾーニングができないセッティングはありません。テントでも、野外でも、クルーズ船でも(笑)、ゾーニングはちゃんとできます。できないのは、概念理解をせずに形式だけでゾーンを作ろうとしたときです。 簡単に言えば、ゾーニングは レッドゾーンはPPEを着けるべき場所 グリーンゾーンはPPEを着けてはいけない場所 です。これだけです。そして両者の間に境界線を引きます。両者以外の「グレーゾーン」はPPEを脱ぐ場所「だけ」です。 例えば、無症状、軽症患者がどんどん集まってくると、個室管理が難しくなります。その場合、病棟の一角すべてを「レッドゾーン」に指定できます。グリーンのナースステーションとの境界は廊下の角に斜めに線を引いてもいいでしょう。その向こうに行くときは必ずPPEを着ける。手前では絶対にPPEは着ない。患者搬送時の一時的な問題は生じる可能性はありますが、飛沫感染のコロナではそれも工夫すれば大した問題にはなりません。
2.医療とPPEについて(一般病棟)
現在は危機時で、日常診療の「常識」はまず捨てる必要があります。 そもそも、新型コロナの入院患者のほとんどは、軽症患者で、よって本来は「外来」患者であり、入院は必要ありません。つまり、入院モードで診療・看護を行う必然性がないということです。 よって、通常ならば行う定期的なバイタルチェックや回診はすべて廃してもかまいません。検温は患者自身にお願いし、熱が高い、息が苦しいなどあればナースコールか携帯で呼んでもらいます。ホテルのように、「呼ばれたときだけ対応する」でいいのです。患者は外来モードの患者なのだから。 PPEの着脱云々以前に「PPEを着けなくても良い」つまりレッドゾーンに入らないのが一番堅牢な感染対策です。医療者に感染者を絶対に出さない、が大事なので。健康監視者で定期的に血圧を測る必要がある人はほぼ皆無でしょう。数週間、血圧コントロールが完璧でなくても構わないし、そもそも多くの外来患者は完璧ではないでしょう。採血も不要、画像も不要です。本来なら退院時のPCRだってやらないほうがよいのですが、、、医療者の感染リスクを軽く考えすぎですよね、国は。 PPEをどうしても着けなければいけない場合は、レッドゾーンに入る回数を減らし、入った一回で必要な仕事を全部やってしまいましょう。「通常モード」ですと、PPEは着脱を繰り返します。耐性菌対策などで。しかし、現在は非常時で、そもそもガウンなどが枯渇してきています。そして、PPEのリスクは実は脱ぐときにあるのです。PPEについているウイルスを触ってしまうからです。だから、PPEを脱ぐ回数が増えると感染リスクが増すのです。 レッドの中の患者はすべてコロナ感染者なので、Aという患者を見てから同じPPEでBという患者を見ても構いません。PPEの着脱回数を最小限にするのが大事なので。そうしてレッドでやるべきことをすべてやり、グリーンに戻るときにPPEを脱ぎます。このプロセスは最小限にすべきです。電話でできる対応はすべて電話でやりましょう。「現場に行く必要」はありません。 聴診器を使うのは止めましょう。聴診器を使わなくても、胸の動きや呼吸数、SpO2でだいたいのことは分かります。すべてのPPEには弱点があり、弱点を理解するのが大事です。多くのコロナ用PPEの弱点は首とか耳周りです。ここを汚染する最大のリスクは聴診器です。ここでも「日常診療の常識」を捨てるのが大事です。ちなみに、エボラ患者を診察するときは絶対に聴診器は使いませんでした。死亡率50%の超重症患者でもそういうことはできるのです。 レッドゾーンを広くすれば、その中を自由に患者に動いてもらっていいのです。トイレに行って、シャワーを浴びて、ストレスができるだけ少なくなるよう配慮してさしあげましょう。「入院」というよりは「健康監視」なのですから。
3.ICU患者
上と同じ理由で聴診器を使うのはやめましょう。挿管時もカプノメーターや画像でチェックできますから。お腹の音が聞こえないとか、色々あるとは思いますが、ICU患者は聴診器なしでもそれなりに管理できますし、特に「呼吸不全」が前面にでる特殊なコロナ感染者ではそうでしょう。繰り返しますが、PPEの弱点理解は大事で、それは首と耳周りです。 患者が増えたらゾーニングをどうするかよく考えます。個室でなくても「すべてコロナ」という体制にすればゾーニングで対応できます。が、エアロゾルが発生しやすいICUではゾーニングだけでは不十分です。よって、一般病棟と異なり、オープンな向かいのナースステーションをグリーンにするのは困難かもしれません。そういう場合は別室のカンファルームとかをナースステーション化するなど「非日常」体制にする必要も生じます。 上と同じ理由で異なる複数の患者をケアするときにPPEの着脱は不要です。いや、しないほうがベターです。コロナ感染者の多くは呼吸不全こそ著明ですが、他のICU患者と異なり、繰り返すデブリや血圧管理などは不要な患者が多いです。看護の省力化、治療の省力化は大事で、普段のICU患者に比べればベッドサイドに行かなくてよい場合も増えるでしょう。○対○看護体制とかもそういう視点で見直し、マンパワーの効率化も図りましょう。
4.サステイナビリティ(医療の維持)
この問題は長期化します、おそらく。よって、短距離ダッシュではなく、長距離走で走り抜く姿勢が大事です。 マンパワーの維持は難しいです。特に今は「風邪を引いたら絶対に休む」ことが医療者に求められているからです。子供も学校行けなかったりするし。よって、少ない人数でも維持できる医療ケア体制が必要です。マンパワーの充足も全国的問題であるコロナでは困難で、足し算ではなく引き算の発想が必要です。 普段の医療で省略できることはすべて省略しましょう。今あるべきは「体制の維持」であり、完全な医療の提供ではないのですから。完全にやって、途中で倒れてしまう、が最悪のシナリオです。70点、60点程度で良いので、ずっと続けられることをやりましょう。 疲れると判断ミスが起きます。ミスをすると、そのリカバリーのために膨大な業務が増えます。負の連鎖です。これを回避するため、睡眠、栄養、休養、運動はしっかりと。 カンファレンス、勉強会、会議(特に「連絡」会議)は感染リスクなのでできるだけなくしましょう。なくしても実は困らない会議のなんと多いことか。ここが最大の時間の作り場所です。会議をするときは窓を開けて、椅子と椅子の間を開けて、できるだけ短時間でやりましょう。議論がグダグダになりそうなときは議長が上手に棚上げして、もう一度頭を冷やしてメールか何かで議論継続しましょう。 他にご質問などあれば、ぜひどうぞ。

平成南町クリニック 玉田 二郎