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胃酸抑制の功罪

「胃薬を飲んでいるのに食欲がない・食べられない」と訴えられる方が少なからずおられます。その胃薬が実は胃酸分泌を強力に抑制するPPIプロトンポンプ阻害薬のことがあり、中止すると食欲が戻ることが多いです。
胃粘膜には3種類の細胞があります。①壁細胞 胃酸分泌(強酸→細菌死滅・蛋白質が変性し分解され易くなる) ②主細胞 ペプシノーゲン分泌(胃酸で活性型のペプシンに変化して蛋白質を分解する)③G細胞 ガストリン分泌(主細胞のペプシノーゲン分泌を促進、壁細胞の胃酸分泌を促進)
胃酸の分泌過剰や食道への逆流によって胃潰瘍・十二指腸潰瘍や逆流性食道炎がおこることがあり、治療として胃酸分泌抑制薬が使用されます。
胃酸分泌のシグナルに、ヒスタミン、アセチルコリン、ガストリンがあります。これらの刺激を受けて壁細胞のプロトンポンプが働き、分泌管内に水素イオン(H+)が分泌されカリウムイオンK+が取り込まれます。そして他の経路で分泌されたクロールイオンCl-と結合して塩酸HClになります。胃酸とは塩酸のことです。
胃酸分泌を抑制する目的の薬剤には、H2ブロッカーとPPI(プロトンポンプ阻害薬)の2種類があります。
H2ブロッカーはヒスタミン刺激を阻害します。PPI(プロトンポンプ阻害薬)は壁細胞のプロトンポンプ輸送体の働きを阻害してヒスタミン以外の刺激による胃酸分泌も抑制します。そして、酸で活性化するプロドラッグ型のもの(血中濃度が最高レベルに達して効果が出るまで3~4日必要)と、酸による活性化を必要としないカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB:すぐに効果発現するのでオンデマンド療法に適している)に分けられます。前者の中の一つのラベプラゾールは酵素CYP2C19による代謝関与が少なく効果発現に遺伝的な差が出にくいですが、それ以外のものは、酵素CYP2C19に代謝速度の異なる3種類の遺伝子多型があるので、人により効果が異なります。(迅速代謝型:35%の人が相当しPPIの効果が出にくい、中間代謝型;50%の人、乏代謝型:15%の人 の3パターン) 後者のP-CAB(ボノプラザンフマル酸塩:強塩基性)は、主に酵素CYP3A4で代謝されるため効果の遺伝的な差は少ないです。
これらの薬剤による胃酸抑制で消化管潰瘍や逆流性食道炎は改善することが多いのですが、本来胃酸は必要があって存在しているのですから、それを抑え続けると望ましくない状況が出てきます。
胃酸抑制の結果、消化不良や下痢をおこしえます。ジギタリス、テトラサイクリン、キノロン、フェニトインなどの薬剤や鉄、マグネシウム、ビタミンB12などの栄養素の吸収を低下させます。
PPIについては下記のような副作用が報告されています。
小腸炎症の増強(胃酸の殺菌効果を抑制するので腸内細菌叢が変化する) カンピロバクター感染症発症リスク上昇、Clostridium difficile感染症(偽膜性腸炎)発症リスク上昇、膠原線維性大腸炎、劇症肝炎、肝障害、腹水を有する肝硬変患者での特発性細菌性腹膜炎のリスク上昇、市中肺炎発症リスク上昇、低Na血症、アナフィラキシー、血小板減少、溶血性貧血、横紋筋融解症、視力障害、血管浮腫、慢性腎不全発症リスク上昇、骨折リスク上昇、認知症発症リスク上昇、死亡リスク上昇(30日使用では差はないが1~2年長期使用ではH2ブロッカーと比較して死亡率50%上昇) P-CABは従来のPPI以上に胃酸を抑制するので、より注意が必要です。
胃酸抑制がどうしても必要な状況が続けば治療継続ですが、上記のことを知っておいて使用し、できれば減量や中止する方が安心・安全です。

平成南町クリニック 玉田