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血糖降下薬が心臓や腎臓を保護する

2014年4月にSGLT2阻害薬という血糖降下薬が初めて発売され、現在では6種類(7製品)が発売中です。血液中のブドウ糖(正確には他の糖もですが)を尿に逃がして血糖値を下げる作用があります。

腎臓の糸球体から1日に約180gのブドウ糖が濾過されていますが、その殆どは尿細管で再吸収されるので、尿中にブドウ糖は出て行きません。しかし再吸収できる量には限度があるので、血糖値が180を超えてくると尿中にブドウ糖が出て行きます。

尿細管上皮細胞の管腔側(原尿が流れる側)にあるSGLTによってブドウ糖は再吸収されます。糸球体に近い方の曲部尿細管にはSGLT2が、少し離れた直部尿細管にはSGLT1が分布しています。(SGLTには、1,2,3,4の4種類が同定されています。最初に発見されたのは小腸に多く分布するSGLT1でした。その後に腎臓尿細管にあるSGLT2が発見されています。)

 SGLTとは? 
SはSodium(ナトリウム)のS、GLはGlucose(ブドウ糖)のGL、Tはcotransporter(共役輸送体)のTです。ブドウ糖が細胞膜の外から細胞内に移動するにはナトリウムイオンが必要です。
SGLT2阻害薬は、ブドウ糖に2つのフロレチンという芳香環が結合している糖蛋白質で、1835年にりんごの木の根(樹皮)から発見されたフロリジンのSGLT1阻害作用を取り除いたものです。
SGLT1は小腸でブドウ糖を取り込むのに必要なものなので、SGLT1を阻害するとブドウ糖を吸収することができなくなってしまいます。SGLT2が完全に阻害されると低血糖になるのでしょうか? SGLT2阻害薬単独では低血糖にはなりません。それは腎臓にはSGLT1もあり、これによって1日約120gのブドウ糖が再吸収されるからです。

ブドウ糖を逃がすSGLT2阻害薬の作用は、食事療法としての糖質制限と同じなので、私は「わざわざこの薬を飲まなくても糖質制限をすればいいだけでは」と当初は考えていました。しかし、糖質制限にはない効果があることが判明してきたのです。

西伊豆早朝カンファレンス 2022年6月で、西伊豆健育会病院の仲田和正医師は、ニューイングランドジャーナル オブ メディスンの2022年5月26日総説「 心血管疾患でのSGLT2 」をとり上げています。

駆出率(心臓が収縮して送り出す血液の割合)の減少した心不全にはACE阻害薬 ARB β拮抗薬 抗アルドステロン薬などの薬剤が効果的ですが、駆出率が25~65%の比較的保たれた心不全には利尿薬以外にはなかなか有効な薬がありませんでした。

SGLT2阻害薬はこの場合にも有効であることが証明されたのです。その理由はまだ明確ではないものの、ケトン体増加で心筋エネルギー代謝を改善させる効果や冠動脈の余分な脂肪を減少させること(これらは、糖質制限による効果と同じと思われます)に加えて心筋内Na濃度増加を減少させてミトコンドリア機能を回復、抗炎症物質を抑制、フリーラジカル生成を阻害して心臓の収縮・拡張作用を改善したりなどもあると言われます。

腎保護作用も証明され、その理由として、SGLT2阻害薬は尿細管内のナトリウム濃度を上昇させるので結果的に糸球体の輸入細動脈を収縮させ、(2型糖尿病の場合に過剰に高まっている)糸球体の水圧が下がり糸球体の損傷を減らす、また尿細管の仕事量を減らすので酸素必要量が減り低酸素による尿細管障害を減らす(結果的に造血ホルモンであるエリスロポエチン産生を増やす)とのことです。

6種類のSGLT2阻害薬にはそれぞれ少しずつ違いがあります。作用時間(尿量を増やすので夜間頻尿のある人では短時間作用型が良い)、SGLT2への選択性の差(血糖を下げたい時には他のSGLT阻害作用もある選択性のより低い方が有利)、他の薬剤との代謝経路競合の差(他剤の多い人は代謝競合しないSGLT2が有利)、腎排泄量の差(腎機能低下では腎排泄の少ない方が有利)などです。

いずれにしても摂取した糖質の一部を利用せずに捨てているのですから、推奨体重を下回って減少することがあれば、糖質以外の蛋白質や脂質でのカロリー補充を要します。 また尿量を増やすので、特に使用開始当初は脱水に注意する必要があります。尿糖が増えることに起因する尿路感染にも注意を要します。

平成南町クリニック 玉田