SCS治療[脊髄刺激療法]とは
痛みは、身体にキズを負った際に、末梢神経に痛みの信号が生じて、脊髄、脳へと伝わり、脳で「痛み」として認識されます。本来痛みは生き物にとっては身を守るために必要な感覚であり、キズが治るとともに消失します。ところが、痛みが伝わる神経のどこかが損傷したり、機能異常が生じたりすると、身体にキズはない、または身体のキズは治っているにかかわらず、痛みが勝手に出現する場合があります。「ビリビリ」「チクチク」「ジンジン」といったしびれるような、電気が走るような痛みが日中ずっと続いたり、刺し込むような急激な痛みが発作的に生じたり、患部に少し触れただけでも飛び上がるような痛みが出現することがあり、これを神経障害性疼痛と呼んでいます。痛みが長期間持続している慢性疼痛の患者さんには、この神経障害性疼痛の要素を持っている方が多く、不必要な痛みに苦しみ、悩まされていることが多く、生活の質(QOL)が大きく低下しています。慢性疼痛の治療は、ペインクリニック科を中心に適切な診断の下に、薬物療法や、理学療法、神経ブロックなどが行われています。
SCS(脊髄刺激療法)とは、Spinal Cord Stimulationの略で、お薬などの痛みの治療に効果が得られない神経障害性疼痛に有効です。痛みの伝わる経路である脊髄に微弱な電流を流すことで、痛みを和らげることが可能です。完全に痛みを消失させることは困難ですが、痛みが緩和することによって、患者さんの日常生活の動作や仕事などがしやすくなり、満足のいく生活を過ごしていただくことが可能となります。
SCS治療(脊髄刺激療法)のしくみ
SCSを行うためには小手術が必要となります。治療用のリード(刺激電極)を脊椎硬膜外腔という、脊椎と脊髄を包んでいる膜(硬膜)の間に留置し、体内に埋没型の刺激発生装置を植込みます。リードが直接脊髄に当たることはないため、安全で低侵襲な手術です。手術は通常、局所麻酔下で2~3時間程で終了します。SCSで用いるリードや刺激装置は体内に完全に植込まれるため、体の外に露出することはありません。
SCS開始後は患者さん一人一人の痛みの部位や症状の程度に合わせて、電気刺激の強さや、刺激位置を調整します。鎮痛効果はSCSを開始して比較的すぐにあらわれますが、症状が落ち着くまでは外来で定期的に刺激の調整を行う必要があります。患者さんは患者用プログラマという体外式のリモコンを用いて体の向きや症状に合わせて刺激強度を上げ下げして調節することが可能です。
SCS治療(脊髄刺激療法)の特徴
SCSは脊髄を刺激することで、神経障害性の痛みを緩和することが可能です。
手術は、直接脊髄や神経に触れるものではないため、安全で低侵襲です。
患者さんの痛みの部位や症状、生活状況によって、それに適合する様々な治療機器があります。患者さんのニーズに合わせて最適なリード、刺激装置を提供しています。
SCS治療(脊髄刺激療法)で使用する機器
リード(刺激電極)
リードはシリコン製で先端部に刺激を行うための電極が4~16個あります。脊髄を保護する硬膜とい膜の外側(脊髄硬膜外腔)にリードを挿入します。治療では硬膜ごしに脊髄を刺激します。神経を傷つけることがなく、安全であり、また抜去することも可能であり、抜去すれば元に戻ります。
刺激装置
刺激装置はリードを介して脊髄を刺激する電池のことで、下腹部や腰部の皮下に埋没して設置します。刺激装置には充電式と非充電式があります。近年、刺激装置の多くがMRI対応型になっています。体の向きを感知して自動調整する機能や、複雑な刺激の波形や神経活動に似せた波形を出力する機能などのある様々な刺激装置があります。患者さんの症状や生活状況に合わせた適切な刺激装置を使用させていただきます。
患者用プログラマ
患者さんが、刺激装置のオンオフや、刺激強度の調整を行う際に使用するリモコンです。体の向きや痛みの強さによって、リモコンを操作して調整することが可能です。最近では日本語対応、ワイヤレスとなり、分かりやすく、操作しやすくなっています。またiPodをリモコンとして使用する機種もあり、外出中や電車バスの中でも周囲をあまり気にせずに調整を行うことができます。
SCS治療(脊髄刺激療法)が適応となる痛み
SCS治療(脊髄刺激療法)は、神経性または虚血性の様々な治療抵抗性の慢性の痛みに効果的な療法です。
- 脊椎手術後の神経障害性疼痛
- 腰部脊柱管狭窄症
- 脊椎外科手術が困難な神経根性疼痛
(圧迫骨折後、パーキンソン病など) - 癒着性くも膜炎
- 複合性局所疼痛症候群(CRPS)
- 脳卒中後の肩手症候群
- PAD(閉塞性動脈硬化症)
- バージャー病
- レイノー病・レイノー症候群
- 難治性の狭心症
- 末梢神経障害性疼痛
- 糖尿病性ニューロパチー
- 外傷・放射線照射後の腕神経叢損傷
- 四肢の切断後の断端痛・幻肢痛
- 帯状疱疹後神経痛
- 開胸手術後の肋間神経痛
- 不完全脊髄損傷
- 脊髄炎などの脊髄性疼痛
- 会陰部痛・肛門部痛
- 脳卒中などが原因の中枢性疼痛
SCS治療(脊髄刺激療法)の流れ
うつ伏せとなった状態で、腰に針を穿刺し、電極を挿入して留置します。
約1時間ほどの処置です。対外に刺激装置を装着します。
病棟で、約7~10日間、さまざまな刺激を試し、痛みが和らぐかどうかを体験します。
患者さんによって好みの刺激が異なります。
患者さんがSCS治療を希望される場合
SCSトライアルで鎮痛効果があり、患者さんがSCS治療を希望される場合
1回目の電極留置の手術と同様に刺激が最も痛みの部位をカバーできるようにリードを留置します。
その後、静脈麻酔下に、殿部または腹部の目立たない部位に刺激装置を植込みます。
術後は病棟で刺激の調整を行い、鎮痛効果が得られるようにプログラムを設定します。また患者さんには患者用プログラマ(リモコン)の操作や充電式装置を使用する場合には充電の仕方を習得していただきます。
退院後も術後数カ月は刺激による鎮痛効果が安定するまで、外来に定期的に通院して、刺激の条件やプログラムを変更する必要があります。
SCS治療(脊髄刺激療法)の効果
治療効果
慢性化している神経性の痛みや、虚血性の痛みに対し、SCSは痛みを和らげることが可能です。残念ながらSCSにより、痛みを100%消失させることはできません。通常、SCSを受けた患者さんの7-8割の方が、痛みが5割以上改善しています。
しかし、痛みが和らぐことで、ぐっすり眠れるようになる、楽に運動できるようになる、仕事ができるようになる、余暇が楽しめるようになるなど、患者さんの日常生活動作(ADL)や、生活の質(QOL)を改善することが可能です。
また、痛みの改善に伴い、痛みのお薬も減量することが可能です。痛みの治療薬には副作用が強い薬も少なくありません。内服量が減ることで、副作用の軽減が期待できます。
SCSの鎮痛効果は長期間に及びますが、患者さんの中には病気の進行や、SCSに対する慣れ現象から鎮痛効果が若干減弱する場合があります。
副作用とデメリット
- 手術による合併症として感染、皮下血種の可能性があります。後遺症となるような重篤な合併症は極めて稀です。
- 長期間の治療経過の中で、リード線の断線、リードの位置ずれが生じる場合があり、交換のための再手術が必要になる場合があります。
- 体の向きによって、刺激を感じにくくなったり、強く感じすぎたりする場合があります。患者さん自身でリモコンを操作して適切な強さに調節する必要が生じる場合があります。(リモコン操作は慣れるとあまり難しくはありません。)
- 機種によっては、使用するリードと刺激装置の組み合わせやリードの留置部位によってMRI撮像が行えないものがあります。(CT、レントゲンや超音波など他の検査については問題なく受けることが可能です。)
- 空港やお店などの金属探知機にかかる場合があります。その際には刺激装置が入っていることを申告してください。術後、刺激装置が入っていること示すカードや手帳をお渡ししております。
- 刺激装置は充電式で10年、非充電式で4-6年に1回、刺激装置の交換が必要となります。その際には小手術により刺激装置の交換を行う必要があります。
SCS治療(脊髄刺激療法)を受けて頂くにあたって知っておいていただきたいこと
治療の目標を決めましょう
痛みによって困っていることは何でしょうか?あるいは痛みが和らいだら、何をしたいですか?
SCSによって痛みは、うまくいけば50%ほどの鎮痛が得られると考えて頂いていた方が良いです。痛みをSCSのみで完全に消失させることは困難です。50%鎮痛が得られるということは、裏を返せば50%の痛みは残るということです。これをネガティブに捉えるならば、患者さんによっては満足されないかもしれません。SCS治療により、患者さんの生活の質(QOL)は向上することが多く、実際に痛みが和らぐことによって楽に歩けるようになった、睡眠が深くなった、仕事を長く続けられるようになった、などの効果が表れます。私共はSCSの手術を受ける患者さんには、術前から具体的な日常生活の目標を持っていただくようにしています。例えば職場に復帰して仕事をしたい、家事を楽に行いたい、趣味のスポーツをしたい、などより具体的な目標を持って頂きたいと考えております。その治療目標に向かってなるべくサポートしたいと考えております。
SCSトライアルを受けていただく必要性
SCSを検討される患者さんの多くは、すでにお薬の治療を含め、様々な治療を試されている場合が多いです。痛みが長期化すると、痛みの原因も複雑化していることが多いため、術前の診断にSCSが有効であるかどうかを判断することが難しい場合があります。そのため、私共は最初から刺激装置の植え込みを行うのではなく、トライアルをまず受けて頂くことを勧めています。SCSトライアルでは、まずリードのみを留置して体外の刺激装置から刺激を行ってSCSの効果があるかどうかを確認します。病棟で7~10日間ほどの期間、様々な刺激パターンを試して痛みが和らぐかどうかを試します(※「トライアル期間中の刺激パターンについて」を参照してください)。トライアル中はなるべく普段の日常生活に近い生活をしていただき、もしSCS治療を実際受けた場合、どれほど生活が過ごしやすくなるかを体験していただきます。
SCSトライアルについてメリット、デメリットがありますので、下記にお示しします。
- 刺激装置の本植え込みを行わなくても、SCS治療の効果を体験することができる。
- トライアルは入院が必要だが、簡単に受けることができる。
- トライアル終了後、リードを抜去することで、元の状態に戻れる(非常に低侵襲です)。
- トライアル期間中に様々な刺激を体験することで、より自分に合った刺激装置や機種を選ぶことができる。
- SCS治療開始までに、2回の入院が必要になる。
- SCS治療開始までに日数がかかる。
- 1回目のトライアルの際に、リード留置部位に癒着が生じることが稀に起こり、次の本植え込みの時に同じ部位にリードが留置できない場合がある。治療効果が1回目のトライアルと若干異なる場合がある。
患者さんの多くが、SCSトライアルのメリットの方が、デメリットよりもはるかに大きいため、通常ではSCSトライアルを受けて頂くようにお勧めしています。
トライアル期間中の刺激パターンについて
SCS治療では、刺激のパターンをいろいろと変更することが可能です。ただし、刺激のパターンによては、その波形を出力できる刺激装置が限定されます。そのため、患者さんには刺激のパターンによる鎮痛効果を比べながら、最終的に最も痛みが和らぐ刺激パターンと、その波形が出力できる刺激装置を選択していただきます。以下に私共の施設で行っている刺激パターンの代表例をお示しいたします。
- 低頻度刺激(4-40へルツ):刺激感があります
痛みのある部位にこの刺激がカバーすることで、トントンとした心地よい刺激感を感じることができます。SCSの刺激感を常に感じた状態となるため、体の向きによっては刺激感を強く感じる場合があり、患者さんにリモコンを操作して、刺激の強弱をしていただく必要が生じる場合があります。リモコンの操作方法は比較的簡単です。 - 高頻度トニック刺激(1000ヘルツ):刺激感がありません
非常に高頻度の刺激となるため、SCSによる刺激を感じることはありません。刺激感を感じなくても痛みが和らぐことが可能です。刺激感が感じられる場合には不快感になる場合もあるため、刺激の強さを弱めます。電力消費が多いため、本植え込みの際には充電式の刺激装置をお勧めしています。 - バースト刺激:刺激感がありません
神経の活動に似せた刺激パターンです。SCSによる刺激を感じることはありません。刺激感がなくても痛みが和らぐことが可能です。複雑な刺激波形のため、本植え込みの際には特定の刺激装置に限定されます。 - コンボ刺激:刺激感があります
上記の1)と2)の低頻度の刺激と、高頻度の刺激をミックスさせたような刺激パターンです。低頻度の刺激と同様に、痛みのある部位にトントンとした心地よい刺激感を感じることができます。複雑な刺激波形のため、本植え込みの際には特定の刺激装置に限定されます。
SCSトライアルでの効果判定
痛みは自覚症状であるため、患者さんにしか分かりません。そのため、SCSの効果の有無も最終的には患者さん自身に判断していただくことになります。
トライアル期間中に明らかに痛みが和らいだと感じられる場合もあれば、SCSの効果をなかなか感じにくい場合もあり得ます。私共の経験では、痛みは70~80%改善する場合には「大変効果がある」、50%改善する場合には「効果がある」、30%改善する場合には「あまり効果がない」または「よくわからない」と答える患者さんが多いです。
トライアル期間中にSCSの効果がよく分からない患者さんは、トライアルが終了し、一度退院されて通常の生活に戻った際に、入院中のトライアルが実は効果があったと感じられる場合があります。また、逆に入院中は効果があると思っていたが、トライアル終了後もあまり痛みのレベルに変化がなく、SCSの効果がなかったと感じられる場合もあり得ます。トライアル終了後、1カ月後に外来受診していただくようにしており、その際に最終的にSCSの効果の判定と、患者さん自身のSCS治療に対する希望をお聞きし、本植え込みを行ってSCS治療を開始するかどうかを決定いたします。
※補足となりますが、SCSのトライアルが終了して退院後に、以前と比較してさらに痛みを強く感じるようになる場合もあります。SCSトライアルを行うことで、痛みや痛みの原因となる病気が悪化することは極めて稀です。むしろ、トライアル期間中に痛みが和らいだため、元々の痛みの程度を忘れてしまい、トライアル終了後にまた以前の痛みが戻ってくると痛みが増悪したように感じられる場合がほとんどんです。このような状況になった場合には、SCSトライアルが有効であったと考えてよいでしょう。
※さらに、稀ではありますが、SCSトライアルが非常に有効であり、トライアル終了後も痛みが治ったかのように痛みで困ることがなくなる患者さんもおられます。その際には本植え込みは行いません。
SCS開始後のその他の治療について
SCSで100%痛みが消失することはなかなか困難であるため、疼痛治療薬などの薬をSCS開始後も継続する必要があります。もし、薬による副作用が出ている場合には、内服量を減量し、調整することが可能です。
SCS治療を受けられた患者さんに私共が強く勧めていますのは、運動療法などリハビリテーションをしっかりと行っていただくことです。薬やSCSはあくまでも痛みを抑えることしかできません。術前には痛みによって日常生活に支障をきたし、筋力低下などをきたしている患者さんも少なくありません。痛みのせいで、体を動かすことなど考えられないくらいの状況な患者さんもおられると思います。SCSを受けられると、多少の運動では痛みが出現しなくなります。体を動かすこと自体が痛みに良い影響をもたらします。徐々に体を動かしていき、日常生活のレベルを上げることで充実した生活に戻ることが可能となります。
SCS治療(脊髄刺激療法)の実績
SCS治療(脊髄刺激療法)よくある質問
Q1. 痛みは良くなるのでしょうか。
A1. 痛みを完全によくすることはできません。一番痛いときから5割以上良くすることを目的としています。患者さんによっては、1割から2割の方もいらっしゃいます。
Q2. 全ての痛みについてSCSは有効でしょうか。
A2. 全ての痛みに有効ではありません。適用する種類の疾患はあります。
Q3. 試験刺激で効果があっても機械を植え込みしないといけないでしょうか。
A3. 試験刺激後、いったん退院していただきます。外来にて先生とお話して機械を植込みしないこともあります。
Q4. 脊髄刺激療法後に運動はできますか?
A4. 刺激装置の植え込み後6~8週くらいはリードの位置ずれを防ぐための活動制限があります。それ以降は運動の制限はありません。
Q5. 充電式の場合、充電の頻度はどのくらいですか?
A5. 専用の充電器を衣服の上から植え込まれている部分の真上に置き充電します。充電時間は機器や使用状況によって異なります。はじめは毎日10分~15分こまめに充電し、慣れてきたら間隔をあけても大丈夫です。1週間に1度は充電をお願いしています。
Q6. 手術費用はどのくらいですか?
A6. 健康保険が適応されます。高額療養費制度という公的医療保険における制度を使うことにより最小限に抑えられます。
Q7. MR検査を受けることができますか?
A7. 植込みした刺激装置や電極の種類によってMRが撮影可か不可か変わります。MRが必要であれば事前にお伝え頂くようにしています。
Q8. 家庭用電化製品や携帯電話は使えますか?
A8. 家庭用電化製品や携帯電話を使うことは刺激装置に何の影響もありません。強い電磁波で急に刺激を感じることがありますが、日常生活における電磁波で故障することはありません。
Q9. 健康機器や電気毛布は使用しても大丈夫でしょうか?
A9. 健康機器や電気毛布の使用は構いませんが、電池や電極が入っている部位に当てないようにしてください。
Q10. リハビリ器機や物療(電気療法など)は受けても大丈夫ですか?
A10. 使用しても構いませんが、振動にて不愉快になることがあります。刺激をOFFにすることが望ましいです。また、電池や電極が入っている部位で使用することは控えてください。
Q11. 植え込み部分はめだちますか?
A11. 刺激装置の大きさは、種類にもよりますが、大体、直径5.5センチ×厚さ6ミリ、重さ30グラム程度のものです。
通常、左背面の腰下から臀部にかけての美容上あまり目立たない部位に植込まれます。脂肪量の少ないやせ型の患者さんの場合は、多少、盛り上がる場合もあります。
症例写真は、術後4か月経過の72歳・女性。
傷跡があるので場所はわかるが出っ張り感は無