熱凝固療法[定位的脳手術]とは
熱凝固療法は脳の深部に数ミリの熱凝固を行うことで、振戦、パーキンソン病、ジストニアなどの不随意運動症の症状を改善させる治療です。
熱凝固療法には、「定位的脳手術」(皮膚切開が必要)と、「集束超音波治療」(皮膚切開は不要)の2種類があります。
当施設で行っている定位的脳手術では定位脳手術装置という特殊な装置を用い、目標とする脳深部の神経核に正確に細い凝固針を留置し、70℃前後の熱を与えることで、脳深部を凝固します。手術は局所麻酔で行い、1時間程で終了します。
一度の手術では、片側の症状に対してのみの治療となります。両側性の症状がある場合でも、両方同時に手術を行うと、副作用の出現率が高まるため、両方同時に治療は行えません。治療効果は術後早期からあらわれ、長期間効果を維持できます。
熱凝固療法(定位的脳手術)が適応となる疾患
- 振戦(本態性振戦、パーキンソン病)
左右差のある振戦で、症状の強い片側の振戦を改善したい場合
左右差のない振戦でも、片側(例、利き手側)の振戦を改善したい場合 - ジストニア
全身性ジストニア
局所性ジストニア
動作特異性ジストニア(書痙など)
熱凝固療法(定位的脳手術)の流れ
症状評価、運動機能、日常生活動作、神経心理学的評価など
採血検査、胸部レントゲン検査、心電図など
定位的脳手術(熱凝固療法)、局所麻酔
歩行訓練、日常生活動作の訓練など
(診察・リハビリ・MRIなどの画像検査)
熱凝固療法(定位的脳手術)の効果
本態性振戦に対する
熱凝固療法の治療効果例
治療効果およびメリット
- 治療効果が高く、長期効果がある
本態性振戦のふるえや書痙に対する抑制効果は大変高く、長期的にも効果が持続します。
不随意運動症の改善により、日常生活動作の改善、生活の質(QOL)の向上が得られます。
薬物減量または薬物を中止することができ、完治に近い状態となります。 - DBSと違い、調整・メンテナンスの必要がない
DBSとの比較では、体内に機械を植込む必要がないことが大きなメリットです。
そのため、DBS治療のような外来通院を続けて刺激の調整を行ったり、刺激装置のメンテナンスを行う必要はありません。
副作用およびデメリット
- 手術のリスク
脳内の出血、感染症などがありますが発生確率は非常に少ないです。 - 熱凝固療法の組織破壊によるリスク
知覚異常、上下肢の筋力低下、構音障害などが出現する可能性はありますが、片側の手術では発生確率は少なく、また後遺症となることも稀で安全です。しかし、DBS治療と比較すると組織破壊を行うため、その副作用発生率は高く、不可逆的な変化が生じます。 - 両側同時には手術が行えない
手術を安全に、副作用なく行うためには1回の手術で、片側のみの治療しか行えません。両側同時に手術を行うと、副作用の発生確率が高くなると言われているためです。左右どちらも症状があってお困りの場合、もう片側の手術は、半年ほど期間をあけて行った方が安全です。
また、最初の手術で、後遺症とはならないまでも軽い副作用が一時的に出現した方の場合、副作用が完全に消失するのを待ち、1年ほど期間をあけて手術を行った方が安全です。
集束超音波治療(FUS)とは
集束超音波治療(FUS)とは、超音波の波を一点に集め、標的となる組織の温度を上げて熱凝固する治療です。皆さんは虫メガネで太陽の光を一点に集めるて紙を燃やす実験をしたことがあるでしょうか?超音波も一点に集めると高いエネルギーが集中し、熱が発生します。実際の治療では専用のヘッドコイルを装着し、MRI室の中で行います。超音波照射中にMRIを撮像し、リアルタイムに温度の上がる場所を確認しながら治療を行います。この治療を行う機器を、MRIガイド下集束超音波治療器と呼んでおり、現在国内には十数台と限られた施設のみしかありません。
この治療の特徴は、頭皮を切開する必要がなく、とても非侵襲的な治療(生体へ障害を与えず、あるいは、直接触れることなく)であることです。キズもないため、入院期間も大幅に短縮でき、すぐ元の生活に戻ることが可能です。一方で、この治療を行うためには髪の毛は全て剃らないといけません。また、頭蓋骨の性質により、超音波が頭蓋骨を通過しにくい場合があり、日本人では約2割の方はこの治療が不向きであると言われています。
現在、集束超音波治療は本態性振戦、パーキンソン病のふるえに対してのみ保険適応があります。
当センターでは、FUS適応の鑑別診断を実施しております(詳しくはこちら)。FUSは当センターでは実施できませんので、必要な患者様は、岡山旭東病院(岡山市中区)に紹介いたします。岡山旭東病院は2021年4月に、中国地方で初めてFUSを導入し、岡山大学病院(脳神経外科・脳神経内科)と倉敷平成病院連携して治療を行っています。牟礼センター長も治療に参加しています。
ふるえの治療法鑑別診断
当センターでは、ふるえの治療について患者さんに最適な治療法を鑑別いたします。
DBS | 凝固手術 | FUS | |
---|---|---|---|
保険適用 | パーキンソン病 本態性振戦 ジストニア |
パーキンソン病 本態性振戦 ジストニア |
一部のパーキンソン病 本態性振戦 |
傷口 | 3ヶ所(頭・胸部) | 1ヶ所(片側のみ) | なし |
剃毛 | 傷口周囲 | 傷口周囲 | 頭部の完全剃毛 |
脳内出血 | 約1% | 約1% | 非常にまれ |
凝固の合併症 | なし | まれ | 非常にまれ |
術後の調整 | 可能 | 不可能 | 不可能 |
手術時間 | 4-5時間 | 1時間 | 3-4時間 |
手術側 | 同時両側 | 片側 | 片側 |
器械植込み | あり | なし | なし |
欠点 | 医療機器の使用制限 | 再発あり | 再発例・無効例あり |
視床凝固術・視床破壊術
日常生活に不自由を生じるほど手足のふるえが強い場合、ふるえを止めることを目的に行われる手術です。その他、ジストニア症状に対しても行われます。
ふるえている手足と反対側の脳の視床という部位に電極を入れ、電極の先端に高周波電流を流して視床の一部を熱で破壊します。凝固後は電極を抜去しますので、体内のデバイス埋め込みはありません。
淡蒼球凝固術・淡蒼球破壊術
全身性ジストニアや激しいジスキネジアを伴うパーキンソン病などに対して行われます。症状が両側性に出現している場合、両側の淡蒼球凝固が必要となりますが、副作用リスクのため両側同時には行えません。