帆船ロンベルグ号をいかに操って長江を渡るか

カテゴリー: 医師, 平成南町クリニック | 投稿日: | 投稿者:

20161220

謎解きのようなタイトルですが医学徴候の私なりの覚え方です。言葉を、場所を含む画像イメージとして憶えるのは記憶力が低下してきた場合にとても有効です。
今回は「ヘルニア」についてです。椎間板ヘルニア、食道裂孔ヘルニア、鼠径ヘルニアなどがありますが、比較的まれな「閉鎖孔ヘルニア」についてお話します。
骨盤腔の下方で坐骨・恥骨・腸骨に囲まれる三角形の空隙を閉鎖孔と言いますが、その中に閉鎖神経と閉鎖動脈が通る閉鎖管があります。閉鎖孔は骨盤腹膜と内・外閉鎖筋とで閉じられているのですが、そこが何らかの理由で緩むと閉鎖管の中に小腸(回腸)が入り込み、閉鎖孔ヘルニアとなります。(大網、卵巣、卵管、子宮などのこともあります) ヘルニア内容物によって閉鎖神経が圧迫されると、閉鎖神経知覚枝の分布する大腿内側、膝、股関節部に痛みや知覚異常をおこすのです。小腸が入り込むと、その程度が軽ければ下腹部の違和感や食欲不振を、通過障害を起こせば腸閉塞を起こして強い腹痛や嘔吐を生じます。
非常に頻度は低いとされていますが、過去4ヶ月で閉鎖孔ヘルニアの方を二人経験しました。
○93歳 標準体重の女性  既往 腰椎すべり症による脊柱管狭窄症
1年前から、腹部不快感や右大腿部の引きつけ感・しびれ・痛みがあるもしばらくすると自然に軽快することを繰り返していた。長時間の座位や歩行時に出現することが多かった。当院も受診されているが既往症による痛みを考えていた。
前日の夜に右大腿内側部が非常に痛く歩行困難となり救急外来受診。CT検査にて右大腿に著変なく帰宅。
翌日、痛みはやや軽減するも続くため当院受診。特徴的な痛みから右閉鎖孔ヘルニアを疑い前日のCTを見直したところ、右の外閉鎖筋の間に腸管構造を認め右閉鎖孔ヘルニアと診断した。
診断後の経過
C病院外科を紹介受診し1か月後に予定手術となったが、その後鎮痛薬を変更して痛みのコントロールが容易となり、腹部症状もなく経過したので本人希望で手術延期となった。
診断確定2ヶ月半後の深夜に右大腿部激痛あり救急外来受診。翌日未明午前1時45分にCT撮影し鼠径ヘルニア疑いで帰宅となる。同日午前9時30分当院受診。CT所見では右閉鎖孔に腸管が陥入し小腸浮腫所見あり、C病院外科に緊急手術を依頼した。翌日午前1時に緊急手術となった。(ヘルニア内容を還納し閉鎖孔をパッチで閉鎖) 術後は順調に経過し右大腿・下腿の痛みなく生活されている。
○86歳 BMI16.7の痩せた女性 心臓弁膜症あり
1年11ヵ月前 右下腹部から腰部にかけて激痛あり、翌日も鈍痛続き救急外来受診し腹部CT撮影。原因不明のまま帰宅。(今見直すと、両側の恥骨筋と内閉鎖筋の間隙が大きく開いており、大網が入り込んでいると思われる)
1年6か月前 10日前から右下腹部痛が持続し救急外来受診の朝に嘔吐あり。救急外来到着時には症状は軽減していた。CT所見は前回と同じで経過観察となっている。
診断日 起床して起座になった時に右臀部から右大腿上部にかけて強い痛みあり。起立すると痛みがさらに増強したので当院受診。数日前から食欲不振あり。力んでも排便なかったが緩下剤や浣腸を拒否されていた。
痛みの原因として右閉鎖孔ヘルニアを考えたが、食欲不振の原因精査を兼ねて全身CT検査を施行。
右閉鎖孔(恥骨筋と内閉鎖筋の間)に腸管構造と思われる索状物を認め、右閉鎖孔ヘルニアと診断した。腸管の変化を認めないので、腸閉塞を起こしうる危険性について説明し、緩下剤服用や浣腸施行して腹圧をかけないように指導した。その後は力まずに排便できるようになり、右大腿部痛は消失している。
お二人の経験から、閉鎖孔ヘルニアの症状は長時間の坐位や立位・歩行後、腹圧の高まる状況で出現しやすくなると考えています。ヘルニア内容は自然に元に戻ることもありますが、根治には外科的治療が必要です。日常生活に困る場合は待機的手術、イレウスを発症した場合には緊急手術が必要です。
最初の謎解きはこういうことです。Howいかに(操るか)ship(帆)船―Rombergロンベルグ(号) sign 徴候(長江)→Howship-Romberg sign =ハウシップーロンベルグ徴候。膝から大腿内側や股関節部に痛みがあり、大腿を後方へ伸展させたり、外側に拡げたり内旋(下肢を伸ばして足先を内向きに回す)したりすると痛みが増強する状態で、「閉鎖孔ヘルニア」の診断根拠となる徴候です。閉鎖孔ヘルニアによる下肢痛を坐骨神経痛などの整形外科的疾患と見誤ることもあるので注意が必要です。痩せた高齢の女性に多いので、そのような方の下肢痛(特に大腿内側部痛)や腹部症状・イレウス症状をみた場合は、“帆船ロンベルグ号”を想い浮かべる必要があります。

今年の平成南町クリニック号の操舵はどうだったでしょうか。上手に操れば帆船は風上へ進むことができます。平成南町クリニック号も風上へ進みたいものです。(写真はローズガーデン倉敷のイルミネーションです)
平成南町クリニック  玉田